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甲子園で大差がついた時、誰しもが思うことは、もうコールドゲームでいいのではないか?こんだけ暑いし選手たちが可哀想だ。
しかし、甲子園という大舞台ではある意味、残酷にもコールドゲームはない。では、なぜなのだろうか?
高校野球の頂点である甲子園という大舞台であるが故の理由
なぜ、甲子園にコールドゲームはないのか。その理由について調べてみた所、
・地方大会を勝ち抜いて来た強豪校なので、コールドゲームになるほど大差がつかないため
・プロ野球と違い、10点差をひっくり返すことが十分に考えられるため。
・甲子園という大舞台に出場出来るチームに対して敬意を払うため。
ということである。
どれも納得出来るものである。確かに甲子園という大舞台は、望んでも立てない選手が山のようにいる。
その時、「緊張で力が出ずに1回で10点入れられたから、コールドゲーム」というのはどうだろうか。
また、選手だけでなくその家族や関係者も多数応援に来ている。その人たちにとって、コールドゲームでは後味が悪いだろう。
更に10点差についてもエピソードがある。1985年の第67回大会でそれは起こった。
9回裏2アウトランナーなしの状況で9点差を跳ね返したという「事実」がある。
これは長い甲子園の歴史の中でも稀であるが「可能性」として十分にある。
そのため、序盤の10点差を跳ね返すということは、もっと有り得ることになる。
つまり、コールドゲームにするとこのような「劇的大勝利」を目撃する機会をなくしてしまう。
だが、一方で
「10点差はあまりにも無謀すぎるからコールドゲームでいいのではないか?」
「地方大会で勝ち抜いてきたのは判るが、対戦相手の高校が強すぎる」
とコールドゲーム賛成派がいるのも事実である。
しかし、私はこう思う
「確かに、コールドゲームをやるメリットはあるだろう。しかし、甲子園という今だけを見ず、困難にも立ち向かっていく人間性を育むため、コールドゲームはいらないのではないか」
甲子園だけを見ると確かに必要性はあるかも知れない。
しかし、高校球児もいずれ社会人となる。社会に出れば大変なことも多いので、それに負けないような根気強さを育むにもコールドゲームのような大差から頑張るという意識は重要なのではないか。
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一方、地方大会では…
地方大会では、コールドゲームがある。
これは、地方大会は高校野球連盟に加盟して居れば参加することが可能である。
そのため、甲子園に比べて参加できる敷居は低いことになる。
そういう理由があり、地方大会はコールドゲームがあるということになっている。
が、
私としては、先ほどの理由と同じくコールドゲームはなしの方がいいだろう。
もちろん、選手や監督が望めばコールドゲームにしても良いが、ルールとして設けることは「もう頑張らなくていいよ」と言われているものである。
球児たちは、必死の思いで練習を行い試合に挑んでいる。
確かに力及ばず強豪校の前に20点・30点と点差をつけれることは少なくない。
しかし、最後まで戦いぬくこのことが重要なのではないだろうか?
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